Yasuaki Monnai / Research



テラヘルツ音響効果

体表にテラヘルツ波を変調照射することで、体内超音波を非接触生成する方法を提案・実証しました。従来の超音波エコーとは異なり、トランスデューサを体表に密着させることなく体内超音波を生成することが可能になります。一般にテラヘルツ波は水に強く吸収されるため、体内用途には不向きと考えられていますが、ここではその吸収性を光音響効果としてむしろ積極的に活用しています。将来的には、日常生活中やスポーツ中などの場面に溶け込める体内超音波技術を実現し、予防医療や身体スキルの向上などへの貢献を目指します。


非接触水中通信

テラヘルツ波の照射により水や水槽に触れることなく水中に超音波を生成する方法を開発し、水中ドローンの遠隔制御などに応用できることを原理実証しました。この技術を人体に適用すれば、将来的にはカプセル内視鏡のような体内のセンサ・ロボットとの通信もできるようになる可能性が考えられます。なお論文中では、水槽の壁の素材と厚みが特定の条件(音響インピーダンスが水と近く、厚みが超音波の1/4波長程度)を満たす場合に高効率な超音波生成が可能となることを、解析により明らかにしています。


テラヘルツレーダ

テラヘルツ波をレーダ(3次元計測)に応用する研究に取り組んでいます。電波と光の中間の波長を持つテラヘルツ波をレーダとして応用すると、電波よりも分解能が高く、光よりも媒質透過性が高い計測が可能になります。特に、人の胸部に生じる心拍の動きを衣服越しに非接触計測でき、心電図と同期した詳細な動きを捉えられることを実証しました。これにより短時間で簡便に、衛生面やプライバシー上の懸念も和らげながらヘルスチェックを行える可能性が拓かれます。

テラヘルツ帯ではビーム走査に必要なフェーズシフタや送受信波分離に必要なサーキュレータの実装に適した低損失材料が未だなく、レーダの小型化は困難と考えられてきました。そこで、我々はテラヘルツ波の導波路構造に工夫を取り入れ、中央給電構造による励振モードの対称性と、導波路内外の波動結合指向性の対称性とを組み合わせることで、フェーズシフタもサーキュレータも用いることなくビーム走査と検波とを同時に実現できることを示しました。そして、周波数掃引によって得られるデータを処理することで対象物の方向・距離・速度を算出する手法も併せて開発し、レーダとして機能することを実証しました。


空中超音波の音圧圧縮

空中超音波のピークパワーを高める手法を提案・実証しました。一般に、トランスデューサで空中超音波を生成する際には音響インピーダンス不整合による効率低下が課題となります。そこで我々は、一般的なトランスデューサから得られる連続超音波を音響共振器に入力し、エネルギを蓄積した後に瞬時に解放すると、入力よりも高いピークパワーを持つ超音波パルスを空中に放出できることを明らかにしました。共振器Q値を高めることでさらなる向上が見込まれます。その原理上、繰り返しレートは制限されますが、例えば近年研究開発の進んでいる空中超音波触覚ディスプレイ等では定常的に超音波を出し続けるだけでなく低周波で変調することも重要になるため、提案手法はその出力向上に寄与できます。


テラヘルツビームステアリング

テラヘルツ波を通信や計測に応用する上で、空中でビームを2次元走査できることは不可欠ですが、低損失・広帯域な移相器が存在していないテラヘルツ帯においてその実装は未だ困難です。そこで本研究では、テラヘルツ波の2次元ビーム走査を実現する新たな方法を提案・実証しました。

具体的には、2次元空間中に形成されたテラヘルツ波面を漏れ波ビームとして外部空間に放射させ、周波数掃引および導体板勾配を制御することで、2自由度テラヘルツビームステアリングを原理実証しました。まず、上側平板をメッシュ層で置き換えて波動の漏れが生じるようにしました。そして、周波数を掃引することでビームを垂直方向に走査できること、および平板間の相対的な傾斜を制御することで実効屈折率分布の空間勾配によりビームを水平方向に走査できることを示しました。これらを組み合わせることで、ビームを2自由度走査可能なことを実証しました。


テラヘルツ偏波制御

結合発振する2台の発振器の位相差に基づいて0.1THz帯の信号のスイッチングを電気制御する手法、そならびにそれを用いて偏波率を電気制御できることを実証しました。サブテラヘルツ帯の信号の方向分岐や偏波比を機械駆動を用いることなく電気制御できるようになるため、計測・通信をはじめとする高周波無線応用における基盤的技術として広く適用可能です。

具体的には、2台のガンダイオード発振器をマジックティハイブリッドカプラを介して結合発振させます。その際、個々の自励発振周波数をバイアス電圧で調整することで、2台を結合発振させつつその位相差を変化させることができます。ハイブリッドカプラの2つの出力ポートは、2台が結合した発振信号の和と差に対応するので、位相差を調整することによって出力ポート間の電力比を任意に調整することが可能となります。これを用いると2方向の出力を高速・高効率にスイッチングすることができ、また直交する2台のホーンアンテナを出力ポートに接続すると任意の偏波比を得ることができるようになります。今回、最大で31.8dBの偏波比を観測しました。垂直方向と水平方向の偏波を完全に切り替えるには、94.3GHz付近で26.6MHz(0.03%)の周波数シフトを伴うことが分かりました。


ベッセルビームフォーマ

平板状のデバイスを用いてテラヘルツベッセルビームを生成する手法を提案・実証しました。ベッセルビームとは界分布がベッセル関数で記述されるビームのことで、開口径が無限大の場合には無回折ビームとなります。ベッセル関数の積分表示を物理的に解釈すると、斜めに傾いた平面波を円筒対称に干渉させることで生じることが分かります。現実には開口径が有限なので無回折ではありませんが、干渉パターンによって定義されるビーム中心は長い距離にわたって一様に振舞います。

従来より、実験的には円筒レンズ(axicon lens)に平面波を入射することでベッセルビームが生成されてきました。一方、本研究では波長以下の同心状微細周期構造を持つ金属表面に沿って伝搬する表面波を、意図的に導入された不連続箇所(散乱体)によって特定の位相差分布で次々と空中に散乱してビームを形成します。発振器から放射開口に至るまでの伝送路を自由空間伝搬や2導体系線路を介さず表面波の散乱によって実装することで、低損失かつコヒーレントに大きな開口を励起してベッセルビームを形成可能なことを0.3THz帯で示しました。この成果により、大掛かりなテラヘルツ光学系を集積実装する道筋が拓かれます。

  • Yasuaki Monnai, David Jahn, Withawat Withayachumnankul, Martin Koch, and Hiroyuki Shinoda, “Terahertz Plasmonic Bessel Beamformer,” Applied Physics Letters, vol.106, no.2, 021101, 2015. [PDF] (Front Cover, Research Highlights in Nature Photonics, vol.9, 141, 2015)

空中触覚タッチパネル

空中に浮かぶ映像に触れるシステムを実現しました。具体的には、コーナーリフレクタアレイを用いて空中に可視光を結像する技術、赤外線を用いて指先位置を検出する技術、そして超音波を指先に収束する技術という3つの波動技術を組み合わせて、触れる空中映像を実装しています。人の動きをトラッキングしながら可視光線に超音波を重畳することで、バーチャルな対象に実在感を与えることができるようになります。拡張現実(AR)を実装するうえでの基盤的な成果となります。


光検出磁気共鳴用アンテナ

分布定数系の知見を量子計測に応用する試みの一例です。慶應義塾大学の伊藤公平教授、早瀬潤子准教授との共同研究により、ダイヤモンド窒素空孔中心(NVセンター)中にトラップされた電子のスピン状態を制御するために必要なマイクロ波磁場を、広帯域・大面積・非接触に照射するアンテナを開発しました。通常のマイクロ波アンテナでは放射場をより遠くに飛ばすことが求められるのに対して、ここでは非放射の近接場を伝達することを主眼としました。サンプルを置くだけで光検出磁気共鳴(ODMR)の実験を行えるようにし、従来の実験を大幅に高スループット化しました。また等価回路モデルの解析を通して、広帯域にわたって強い磁場を生成するための条件を明らかにしました。具体的には、リング形状の外径を大きく、線幅を小さく、穴径を小さく、ギャップ幅を大きく、誘電損失を小さくしつつ、広帯域になるように低Q値化すべきことが分かりました。


可変テラヘルツ回折格子

静電気力によってパターンを自在にプログラム可能な反射型回折格子を作製し、それを用いたテラヘルツ波ビームステアリングを実験的に実証しました。光MEMSで用いられる反射型回折格子に比べると、テラヘルツ帯では約100倍大きな可動範囲が要求されるため、エッチングによって金属フィルム上に多数のスリットを形成するとともに上下両側から静電駆動できるような新しい電極構造を実現しました。試作されたデバイスを用いた実験では、0.1~0.9 THz の高帯域にわたって指向性ビームのステアリングが実証され、特に 0.3 THz 付近では 40 度以上の走査角レンジが達成されました。また、擬周期的な格子パターンをプログラムすることで、指向性ビームのみならず集束ビームのステアリングも可能なことを示しました。


導波路散乱型テラヘルツレンズ

板ガム状の金属平板を用いてテラヘルツ波のレンズを作製する方法を示しました。波長以下の微細周期構造を持つ金属表面に沿って伝搬する表面波を、意図的に導入された不連続箇所(散乱体)によって特定の位相差分布で次々と空中に散乱してビームを形成します。発振器から放射開口に至るまでの伝送路を自由空間伝搬や2導体系線路を介さず表面波の散乱によって実装することで低損失かつコヒーレントに大きな開口を励起し、回折限界まで絞られた集束波面を形成可能なことを0.3THz帯で示しました。この成果により、大掛かりなテラヘルツ光学系を集積実装する道筋が拓かれます。